剣指

滅多にお会いしない兄弟子I氏(この二年で一度だけお会いした)に八卦の基本を教わった時、その指先にある種の感銘を覚えまして。具体的に書いていいものかどうか解らないので細部は伏せますが…剣指に少し似てる。

唐突に話を変えるようですが、拳を握ってみましょう。
次に、その拳を脈部側に曲げようとすると…あまり曲がりませんね。
続いて、人差し指だけ立てて、同じことをしてみましょう。
おそらく、大概の人は拳を握った時よりも脈部側に曲げられたはずです。このことは多くの示唆に富むのですが、それらをひとまず置いといて。
M氏がその先生に、『人差し指は前腕の骨の延長線上にある』と言われて納得したそうですが、私は延長線上にあるのは剣指…すなわち人差し指と中指だと思います。
そして、前述の八卦の手は、剣指に似ている。
実に深いなあ…と感心するのですが、他の人に話しても「はあ?」という反応が帰ってきます。
私がおかしいのでしょうか?(^_^;)

ともあれ、昔のジャッキー・チェンの映画で、口論中の指先が剣指でした。中国人の文化的に剣指は当たり前なのか?興味あるところではあります。
中国の風俗にも詳しそうなK先生に、今度聞いてみようかな?

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by 100Hoshikage001 | 2018-09-13 22:54 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

七順・七逆

突きの力(勁?)の伝達順序を表したような言葉に、いつ何処で読んだか覚えてませんが、七順というのがありまして。要は足から始まった力は膝・股関節・背骨・肩・肘・拳の順序に進んでいく、と。
合気道の固い稽古の中には、言わば七逆…手から始まって足に至るように自由を奪おうとするものがある。
大東流ではその応用のようなもので、頭部に仕掛ける技法がある。
今日体験した技法は更に奥には入り、神経系を攻めるのかも。
所詮は仮説なので、妄想と変わらないけど。(^_^;)

手首から肘へ掛けての筋肉の収縮は体感としては知ってたけど、あまり有効とも思えないので放置してた。彼らは、そこを敢えて攻めるのね。

人体一つに対して、いろいろなアプローチがあるものだなあ。
理科の実験的ワクワク感があって、楽しい。

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by 100Hoshikage001 | 2018-07-22 22:21 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

上に行く技、下へ行く技

1年くらい前に、合気道の白帯の人に聞かれたことがありまして。その内容は「技は多くを覚える方が良いのか?少なくて良いのか?」

合気道開祖のお弟子さんに習った技をメモする人が居て、ある時、習った技を数えたら2000を越えていた。
なのに、どれひとつ自分のものにしていない。
ガッカリしたその人は、基本的な技をみっちりやることにした。その結果、習ってもいない技が出たという。

この話をすると、だいたいの人は「基本の大事さを説いてるんですね。」という。
それも間違いではないのだけれど、私は上に行く技と下へ行く技がある、とも考える。

中国武術はどうか解らないが、合気道の原理はそれほど多くないと思う。自分なりに整理すると、三柱五段階…3×5、つまり15種類知っていれば、そこらの道場では苦労しない。
更に絞りこんでいくと、三柱一階、つまるところ三種類の技からの派生でしかないのではないか?とすら思う。
この三種類を源流として、上流から下流へ流れる川のように幅が広くなっていく。つまり技数が増える。

いろいろな事態に対応しようと技を増やすのは結構だけど、その技ひとつにつきひとつの事態にしか対応できないなら、無限に技を覚えて無限に練習しなくてはならないのか?
対応範囲の広い、少数の技を練習して武器とし、その場その場での対応変化は、経験値を稼いで臨機応変な対応を身につける…そっちの方が現実的では。

私はそういう考え方をする人なので、技を習うと「この技の上流はなに?下流はどう変化する?」というのが気になる。
(ちなみに現時点では、今習っている中国武術の最上流は烏龍盤打と突き、それに伏虎だと思っているからこれらの練習はなるべくやるようにしている。)

私が練習中にブツブツ呟いたり考え込んだりしているときは、それらを考えてるときなので、気持ち悪いでしょうが優しく見守っていただけると嬉しいです。m(__)m

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by 100Hoshikage001 | 2018-07-16 21:50 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

0.5の入り身

「突く前を0としよう。突いた瞬間が1。0.5で入れ。」
そう言われたのは、思い起こせば20年以上前。
合気道の練習中…最近は「入り身突き」と呼ばれる技を先輩に習った時のことでした。
『…それが出来たらプロボクサー苦労しないよね~。』とは内心思ってたんですが…確かに出来たら理想形。

…20年以上が経ち、もう一度向き合う時が来たなあ。
踏み込みの練習をしつつ、苦笑しちゃう。

ランプを点灯させた瞬間に突く。その際にかかる時間は?という実験があるそうで、0.2秒台で反応出来たならトップアスリートに並ぶんだそうな。
自動車の教習所で習うとおり、人間は反応するのに0.2秒掛かる。
相手の拳が最短・最速で動く時、その動きだしを待っていたら、絶対に間に合わない。
ゆえに前兆を読もうとする訳だが、それゆえにフェイントが有効になる。
虚実入り交じった攻撃を、射程内で受ける…だから、ボクシング経験者に聞くと、「ジャブは絶対避けられない」という。
武術の場合、嵌めることにより間を稼ごうとする技法がある。
知る限りで有効な方法は、最低でも1.5掛かる。しかも磨盤歩が使えないと威力はない。
0.5にならない。

…どうすんだ?

踏み込みの練習に終わりはないんだろうなあ。

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by 100Hoshikage001 | 2018-06-21 20:37 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

何とはなしにYouTubeを見ていて太極拳の動画を見つけた。https://youtu.be/a6_ztGYrxpI
中国でも知られた太極拳家が、テレビ番組らしきものの中で単独動作とその用法の一例を紹介している。
なるほどねー、そういうやり方もアリか…とか、合気道のあまり見せない技にかなり似ているものもあるなあ…とか勉強になった。

ところで彼らの型に迫力や一種の機能美のような印象を受けるのは、やっぱり用法とか力の出し方を知ってて使えるように練っているからだろうなあ、と。
合気道の演武を見ていても、「あ、この人それを知ってるんだ」とか「知らないけど型だけ真似したな」とか思うことがある。外見だけ真似しても、刀や足の向きがふらつくようではやっぱり知らないんだな、普段稽古してないんだな、と思わざるを得ない。結果として機能美は損なわれてる。

空手や中国武術、合気道の型の練習がどう進むのか、と考えてみると…
1 動作をだいたい習得する段階
2 動作が要求していることを正確に習得する段階
3 動作を繰り返すことで身体を慣らしていく段階
4 動作に負荷を掛け、強化していく段階
5 動作の意味を知る段階
6 動作が有効に使えるように対人練習をする段階
…があるようで、更には応用や工夫による変化へと繋がって行くのでしょう。なお、上述の段階の順番は取り組んでいる武の性質や指導者の方針により変わり、同時進行する場合も。

演武をすると、その段階の何処にいるのかというのがばれてしまったりする。先生や先輩方は、それに対して生徒や後輩がどう取り組んでるかを見てとれる訳で…演武って、怖いなあ。

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by 100Hoshikage001 | 2018-06-09 09:54 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

技を作れ

合気道開祖は「技を作れ!」と言っていたそうです。
そういえば故斎藤守弘先生も講習会の武器取りで「私が開祖に教わった基本はこれ。後は自分で作りなさい。」とか仰っていたような。
経験とセンスが問われます。

劉雲樵老師にお会いしたことはありませんが、どうやら型の使い方を教える時は先ず自分で考えさせたみたいですね。
この場合は記憶に定着しやすいやり方を選んだのかも知れませんが、それでもやはり経験とセンスが問われることでしょう。

私の合気道の先生は、開祖に「(技が)出来ました。」と報告に行くと、「どれ。(掛けてみなさい。)」と腕を出されたそうで。
で、掛けにいくと、「ん?これか?」と返されてぶん投げられたそうな。
なので先生は「大先生は『技を作れ』と言っていたが、誤解している人が多い。開祖についていけば良いんだ。」と言ってました。

でもね。
私みたいに直接開祖に触れたことのない者はどうついていけば良いのでしょう?
先生は開祖の内弟子として一緒に生活していた人だから、何度も挑み、その度に技を掛けてもらえたでしょうが…会ったこともない我々は、自分の先生から教えられたものだけを墨守すれば良いのか?

人は他人に全てを渡すことは出来ないと思うのですが。劣化コピーを繰り返すと、いずれ原型が解らなくなるのでは?
…こういった話を直接先生にしたことが実はあるのですが(今考えると大変失礼なことをしたような(^_^;))、先生黙ってしまいましたね。

私は、原型を研究する必要がある、と考えてます。
同時に、実技としての検証・研究も必要だと。
研究とまでいかないまでも意識しておかないと、何処へ行くか判らなくなりそうで。
中国武術においても、それは同様なのではないでしょうか。

まあ、中国武術を月1回、一時間学ぶ程度では一生理解出来なさそうな気もしますが。(苦笑)

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by 100Hoshikage001 | 2018-05-05 08:16 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

合気道は型武道といわれます。
以前書いた理由(当ブログの「型は死物じゃ!」を参照)により、型武道と呼ばれるのには個人的に同意しかねますが…そう言われてもしょうがない面もあります。

過ちを恐れずに簡単に述べるなら、合気道の稽古は開祖・植芝盛平の真似から始まります。

開祖がこう相手に対応した、というの中心に、深く入る人は開祖の言行録まで引っ張り出して伝達しながら研究する。
町道場では主に技を中心に稽古する、つまりお互いに技を掛け合うのが通常で、基礎的な鍛練は個人任せになることが多い。

それに対して、中国武術は定められた動作を通して、身体そのものを作り替えようとする。…型の意味はそれだけではないですが。

これだけ型が重要なら、厳密に守るべきだ!というのはよく解ります。ですが、どうやらこだわるトコロは人により異なるようですね。ネット上で他を批判的に書いている人を見掛けます。

私みたいに形の無いタイプの合気道をやっていると、型批判自体不毛じゃね?とか思うんですけど…。白黒着けたきゃやり合うしかないし、やりあっても実際にはそれで白黒つかないし。
自分の信じたものを信じて鍛練し、検証して非効率なら直し、効率的ならより確信を持って鍛練する。
それじゃダメなんですかね?

…おっと、最後は蛇足?(^_^;)

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by 100Hoshikage001 | 2018-05-04 12:47 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

型は死物じゃ!

とある合気道七段(当時。あれから10年は経ってるから、今はどうだろう?)から伺った話で、合気道開祖植芝盛平は「型は死物じゃ!」と言っていた、と。
合気道の稽古は限定された状況で行われ、見本の動作を追うことにとらわれやすい。しかし、外見的な動作ではなく、その本質を追求せよ…て話だと思うのですが。
あと、『人間はそれぞれ違うのに、それを無視して同じことをしても同じようにはならないよ?』てのもありまして。
お陰さまで、武術・武道の型を見るときに『これは何がしたいのか?中心となる核は何だ?』というのが気になるようになりました。
(合気道の型稽古と空手や中国武術の型には根本的な違いがありますが、それについてはまた日を改めて書くことにします。)

さて、先日の東京練習会で他の八極拳と見比べた訳ですが。
個人的な感想としては「どれも八極拳だなあ。」と。
それぞれの技法群を果実だとして、表皮や果肉、種すら違っても柑橘系は柑橘系。ミカンもあればレモン、柚、八朔、グレープフルーツ等もあります。
その時、その場、その種に応じた変化の積み重ねがそれぞれの進化を生んだのでしょう。
それが流派というものかと。

同じ流れの中にあっても、K先生とA氏、I氏の小八極拳だってそれぞれに違います。
その練習の目的、練度、習熟度による違いもあるのでしょうが、個性の差もあるに違いません。
どれも間違いではなく、自らの最適な在り方を目指している現段階の姿なのだと思います。

それぞれから教えてもらった身としては、一緒に練習する時は相手に応じながら、一人の時はそれぞれを試しながら現時点での自分なりの最適な姿を模索する日々です。
それを間違いとも思いません。
結局強くなるのは自分自身であり、教えを受けるというのはその一助として先人のお知恵を拝借することだと思ってます。

昨日の練習会で小八極拳学習中のN女史が「皆言うことが違うので(何が正しいのか)判らない!」と言ってましたが…私なら「どれも間違いじゃない。そして貴女にとって最適な練習は、先生や先輩から知恵を借りれても、結局自分で探すしかない。」となりましょうか。

…人を突き放してますかねえ?

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by 100Hoshikage001 | 2018-05-01 13:04 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(4)

六合

「六合」という言葉があります。
Wikipediaでみると「天下」とか「世界」とか同義にもなるそうで。「六合」と書いて「くに」と読ませる村も群馬にあったような。
前後、左右、上下を全て合わせて六合とも言うのだ、と30年以上前に友人が言うとりました。
その友人が貸してくれた本が「六合拳」。
私にとって、初めての中国武術の本であり、これで六合という言葉を初めて知ったのでした。

中国武術において六合というと前述とは異なり、「外三合」と「内三合」を合わせたモノを指すようです。
外三合とは要するに全身を協調させること、内三合は心身を一体化させること…らしい。
これらは日本武道であれ格闘技であれ共通のような気もしますが、人体や心身についてより具体的に理論化され、要点として説かれているのが中国文化の素晴らしいところです。

私にとっては大変興味深く、「六合拳」「六合短捶」「六合蟷螂拳」「心意六合拳」とか聞くと、ピクッと反応してしまうくらいですが、実は私が学んでいる系統の八極拳でも六合という言葉が出てきます。
私が聞いているのは概念程度なもので、もしかしたら本来はもっと具体的に教えるものかも知れませんが…

…大した知識じゃないし、昔何かしらの本でも書いていたような内容だけどネットにこれ以上書いて良いのかな?
続きは先生や先輩諸兄に伺ってからにします。

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by 100Hoshikage001 | 2018-04-21 10:53 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)

速さ、早さ

振武館という、日本の古武道好きには知られた道場があります。
M氏の合気道は、どうやらこの道場の影響が大きいようです。聞けばどうやらM氏の師の師がそこのセミナーで学んでいるそうな。
その振武館の動画でちょっと面白いな、と思ったのでユーチューブのアドレスを載せときます。
https://youtu.be/AQNdRdQbYL4
この動画で振武館の黒田先生は「筋力は遅いので、力は抜きなさい。その方が速いから。」ということを教えており、それはそれで興味深いのですが、終盤には+早さが入ります。
相手の起動の兆しで既に入ってるんですね。
これはK先生が前回の練習で言っていたタイミングではないかと。
目にも止まらぬ居合の名手として知られる黒田先生、流石速くて早いです。
見習わないと。


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by 100Hoshikage001 | 2018-04-11 06:06 | 武道・武術について思うこと。 | Trackback | Comments(0)